エピソード
群馬を代表する温泉地・伊香保のシンボル、365段の石段街。石段の両側に旅館や射的場、土産物屋が連なる風景は温泉情緒そのものだが、この石段街には400年を超える歴史がある。長い歴史を持つ温泉街の常として、湯治に訪れたまま帰らなかった人々の記憶や、廃業して久しい旅館の建物が路地の奥に残っており、それが夜の噂の土壌になっている。
語られる話は、深夜の石段で誰もいないのに足音が続いた、営業していないはずの古い旅館の窓に人影が見えた、路地の奥で視線を感じた、といったもの。石段街は音が反響しやすい地形で、離れた場所の足音や話し声が思わぬ近さに聞こえることがあり、体験談の一部はそれで説明がつく。一方で、古い温泉街特有の「時間が止まった路地」の空気は、昼に歩いても確かに感じられる。
現地は言うまでもなく現役の温泉街であり、旅館や店舗には人が暮らしている。廃屋に見える建物でも無断で立ち入れば違法であり、深夜の騒ぎは営業妨害になる。夕暮れの石段を湯上がりに歩き、路地の気配を感じる程度が、この街の怪談との正しい付き合い方だろう。