エピソード
伊豆の天城峠に残る明治期の石造隧道。正式名は天城山隧道といい、現存する石造道路トンネルとして日本最長、国の重要文化財にも指定されている。川端康成『伊豆の踊子』の舞台として知られ、切石を積んだ坑口は文学の香りをまとうが、日が落ちると峠の旧道は一変し、静岡県内で最もよく語られる心霊スポットの顔になる。
噂は、白い着物の女性が坑内に立っていた、通り抜ける間ずっと足音がついてきた、坑口の先に提灯のような灯が揺れていた、といったもの。天城越えは古くから伊豆の南北を結ぶ難所であり、峠を越えられなかった旅人の記憶が土地に染みついている。石造りの坑内は音の反響が美しいほどで、水滴の音さえ足音に聞こえる。
現在も車で通行できる現役の道だが、道幅は狭く未舗装である。昼間に訪れれば、苔むした石積みと峠の森が織りなす風景は伊豆随一の趣がある。文学と怪談が同居する、日本でも稀有な隧道である。